今日のタウンニュースには「藤沢市長選への立候補予定者に対する事前アンケート」が掲載されていました。ご覧になった方も多いかもしれませんね。

私のコメントの中には、「医療の地域連携」「医薬連携」「地域包括ケア」といった、ちょっと耳慣れない言葉がいくつか出ていました。また、100文字という制限もあったため、なかなか伝わり辛いところもあったかと想像します。

そこで、ブログではもう少し詳しく、このこと(「くらし・あんしん・たのしい」のうちの「くらし」にまつわる話、ですね)について、お伝えしたいと思います。

はじめに

さて、私は前職(日経BP社)にて、辞めるまでの7年間、日本の医療体制や社会保障をテーマにした「21世紀医療フォーラム」という取り組みの事務局として活動しておりました。ここでは、医療をキーワードにそれに関連するたくさんのことを学ぶ機会となったのですが、なかでも「地域医療と高齢化対策」は、いま「田中しげのりの提案する政策案」につながるものとなっています。

その学びを少しでもみなさんに伝えられれば、と考え、パソコンの中身を探してみたところ、当時お目にかかった千葉大学前学長 齋藤康先生(現 千葉県 病院事業管理者)のお話をまとめたメモが見つかりました。

これは、「地域包括ケア、医療を中心とした地域連携のあり方とはなにか?」をみなさんにも考えていただくうえで、とても参考になるものだと思います。

齊藤先生にその旨をご連絡したところ、「ブログで公開してもいいよ」と、快諾くださったので、以下にご紹介したいと思います。

齊藤先生と私との出会い

少しだけ前情報です。
齊藤先生と私との出会いは、21世紀医療フォーラムに登壇していただくための事前打ち合わせの席で、でした。

そこでの話はとても刺激的で、例えば「かかりつけ医を持て、ということについての実際の難しさ」や「医療の発達によって、病院の役割は変わっていくということ」、そしてなにより、死生観のあり方など、考えさせられるものばかりでした。

そこで特に熱心に語っておられたのが、千葉県が医療の分野で抱える課題です。
これは、地方都市のすべてにも通じる課題だと感じました。

地方の医療体制についての課題

救急車の適正利用には大賛成、でも「適正な判断」は極めて難しいという現実

例えば、救急車の出動について、です。
救急車の適正利用」という話はたびたび話題になりますね。「不急不要の場合は救急車をなるべく使わないようにしよう、という話」と言った方が分かりやすいかもしれません。救急の現場からすると、「出動するうちの9割が中軽症で重症は1割。本当に必要とする人のためにも、出動回数を減らして適正に使ってもらいたい」ということだと思います。

この話はまったく当然のこと。誰もが「その通りだ」と賛同してくださると思います。

しかし、ここでちょっと立場を変えて考えてみましょう。
「これは救急車を呼ぶべきかどうか?」を判断すること、あなたはできますか? 正直に言うと、私は「自分の判断が間違っていたら……」と思うと、とても怖いです。きっと多くの方は私と同じ意見だと思います。私たちにとって「救急車を呼ぶか呼ばないかの判断」は、極めて難しいことなのです。

解決のためのアイディアとして「救急車を呼ぶ前に相談できる窓口があれば、状況は変わるのでは?」ということを思いつきました。
実際に、東京ではそうした相談窓口に電話ができる仕組みがあります。

しかし、「窓口に相談したところで、それがお医者さんじゃなければ結局は不安だしその時間もムダに感じる」や、そもそも「救急車を呼ぶか呼ばないか、という場面で冷静に相談窓口に電話したりできるものかしら?」と、思わずにいられません。

本当の意味での“かかりつけ医”の役割とは?

これについて、齋藤先生は
「東京には#7119(突然の病気やケガで困ったときに相談する窓口)がありますが、地方にはありません。さらに、救急車を呼ぶ側の都合もあります。
仮に救急車を呼ぶべきか否かを相談できる窓口があって、実際に相談したとして、救急車を呼ぶほどではないからタクシーで病院へ行け、と言われても、『タクシーで行くとお金もかかるしすぐに診てもらえるかもわからない…なら、やっぱり救急車を呼んじゃおう』とか、『やっぱり大事をとって、救急車を呼ぼう』となるのが人情でしょう。
救急の際の相談窓口があればいいというわけでもないから、なかなか難しい」と仰っていました。

ただ、もし、普段から診てくれていて私や家族の健康を支えてくれている“かかりつけ医”がいたら…。そして、「大丈夫。タクシーか車で連れて行ってあげればいいよ」と言ってくださったら。ちょっと安心できて、冷静に対処できるように思います。

普段から関わり合いがあって健康にまつわることを知っているお医者さんの言葉なら、安心してアドバイスが聞ける、というわけです。

「かかりつけ医を持つ」ということは、それまでの関わり合いの中で育まれた信頼関係があって、「もしものときに、健康について相談できるお医者さんがいること」だと言えるでしょう。

「病気を抱えるひとを見守り支える」第一歩となる、人と人とのつながり

齋藤先生は、この「かかりつけ医」について、次のようなお話を聞かせてくれました。

「僕の父親も、田舎のかかりつけ医でした。
畑でひと仕事する前に診察してもらおうと、平日は早朝の5時か6時くらいから外来が来ていたものです。
しかし田舎ですから、『夕べ、先生は遠くまで往診したから、帰って寝たのが朝3時ころだった』なんて事実はあっという間に広まって、村人みんなが知っている。だから『今先生を起こしたら気の毒だから、今日は畑で一仕事した後で来よう」という具合になる。
そういうのが、本当の患者とかかりつけ医のつながりのあり方だと思います」と仰っていました。

その様子を想像すると、「ああ、昔はそんな感じで医者にかかっていたなぁ」なんて懐かしく感じられる方もいらっしゃるでしょう。お互いがひとりの人間同士としてつながっていて、偶然ある人はお医者さんで、もうひとりが患者だった、というつながり。
こんな関係性に基づいた間柄になるには、地元にいるお互いが、お世話になったり、時にはお世話をしたり、という関わり合いが不可欠なのだろうなぁと感じます。

そして、それが地域で「病気を抱えるひとを見守り支える体制」の、第一歩だと思います。また、そうした基盤があるからこそ、「もっと大きな病院にかかる場合のこと」「治療をして、また元の生活に戻るときに抱える不安と向き合い、乗り越えること」「どう、自分の生きたいように生きるかを思い描くこと」に前向きになれるように思うのです。

そんな地域のつながりの根本をつくることで、「では、こういう役割の人とも連携した方がよさそうだね」「こんな人にも手伝ってほしいけど、だれがいるかな?」という議論ができ、結果として地域が連携していき、「地域包括ケア体制」が出来上がってくるのだと思います。

私は、そうした仕組みを創りたいと考えています。

では、都心で働く人が、地域で“かかりつけ医”を探すには?

では、私にとってのかかりつけ医は? というと……。
これまでは会社の産業医の先生にお世話になるばかりで、地元の先生にかかることは少なかったように思います。

おそらく、私と同じように「都内の職場近くにあるクリニックに通っているから、地元でかかりつけ医はいない」という方も多いかと思います。

「新たに身近に見付けるとなると……。そもそも病院には風邪のときくらいしか行かないし」という方にとって、かかりつけ医を探すことはなかなか難しいものです。そこで、そうした状況を改善するために「かかりつけ医を見付けるサポート体制」みたいなものがあれば、藤沢から仕事で市外に出ているひとにとっても、もっと安心した暮らしを地元で続けていけるだろうな、と考えます。

「地域包括ケア」や「医療の地域連携」という言葉は、ちょっと小難しいように感じられるかもしれませんが、要するに「この藤沢で暮らす人と人とのつながり(LINK)を深めていくこと」と思っていただければと思います。

そして、これは高齢者にはもちろん、小さな子供たちや働き盛りの大人、そのほか藤沢のすべての人にとって、「さいごまで安心して暮らせるまち・藤沢」の根幹となると考えています。

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脚力を鍛えるための“秘密兵器”※シェア時に表示される画像は、私の足元。
地域を歩き回るとき、重りを巻いて足腰を鍛えているのです。自分で行う「健康への取組み」にもチャレンジです!

地域がつながることが大切。それは医療体制も同じこと

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